「ただいま戻りましたー」
「おーご苦労さん」


やや疲れ気味に屋敷に戻ってきたのは、継子のなまえだ。
数日前に向かった任務が終了し、ようやく戻ってきた。
出迎えてやると、お変わりないようで、と言ったので、まあな、と返した。



「で、どうだったよ?今回は」
「ふふふ、今回は!傷一つ付きませんでした!」


俺が問うと、なまえは自慢げにこう返した。最初の頃は骨を何本も折ったり、内臓をやられたりが日常茶飯事で、いつ死んでもおかしくない状態だった。
死んだら負け。生きてりゃ勝ち。何があっても生きて帰ってこい。そう教え続けた。
怪我の度合いによって、食事のおかずを一品減らしたりしていたら、戦いながら身を守る術を身に着けた。


「よしっ。派手によくやったな。湯浴みして飯食って仮眠しろ」
「やったー!」
「その前に」

横を通り過ぎようとするなまえの手を掴んで引き留める。
なんですか、と面倒臭そうな目で俺を見ている。おそらくこれまで何度となくしたやり取りが頭に浮かんでいるんだろう。



「俺の嫁に」
「なりません」
「最後まで言わせろよ。理由を言え理由を」
「何度も言ってるじゃないですか。記憶力ないんですか?継子が師範の嫁になるなんて聞いたこともありませんし、なろうとも思いません」
「んなこと理由になるかよ。お前、間違いなく俺に惚れてんだろーが」
「ええ、派手に惚れてますけど?」
「だったら」
「なりません」



疲れてるんで失礼します、と手を振り払ってさっさと行ってしまった。
ちっ、と舌打ちとともに大きなため息が出る。ここ最近はずっとこの繰り返しだ。
とは思いつつも、このやり取りを楽しんでいる自分も少なからずいたりする。まあ、気長にやるか。
そう思い直して、ひとまず自室に戻ることにした。














「なまえちゃんは、どうして天元様の気持ちに応えないの?」

食事中のなまえの様子を見ようと部屋に向かっていると、話し声が聞こえた。雛鶴だ。思わず足を止める。

「え、何ですか、急に」

どうやら先程のやり取りを見ていた雛鶴が、なまえに問いかけているらしい。

「前から気にはなっていたんだけど・・・。なんだかなまえちゃん、すごく頑なだからどうしてだろうって。私たちのことを気にしているわけでもなさそうだし」 
「・・・・・・」
「私でよければ、話してみない?」

入りづらくなってしまい、そのまま聞き耳を立てた。雛鶴は話を聞き出すことに長けているから、おそらくなまえの口から理由が語られるだろうと踏んだ。

部屋がしばらく静けさに包まれあと、なまえがようやく口を開いた。




「・・・私、欲張りなんですよ」
「欲張り?」
「はい。天元様に嫁になれって言われて、本当はすごくすごく嬉しい。雛鶴さんたちのことも、すごく好きで頼りにしています。みんな一緒に暮らせたら、きっととても楽しくて幸せだと思う」

そう語るなまえの口調は今までにないくらい穏やかだったが、その反面切なさを含んでいるように思う。なら早く受け入れれば良いのに、という思いも同時に湧いた。

「でも、やっぱり思ってしまうんです。好きな人には自分だけを見てほしい。自分だけを愛してほしい。他の人と一緒は嫌だ、って」
「なまえちゃん・・・」

すみません、となまえが謝る。語られた理由に、特段驚きはなかった。ある程度は予想はできたことだ。
それでも、自分と人生を共にしてほしいと願ってしまう、最も守りたいものなのだ。


「なまえちゃん、その素直な気持ちを天元様に話してみたらどう?きっと分かってくださるんじゃないかしら」

雛鶴に言われたなまえは首を横に振った。

「分かってくれると思います。でもきっと同時に困らせてしまう。3人の奥さんを持つことは掟で決まっていて、天元様や雛鶴さんたちにとってそれが”普通”なんですよね。それなのに、私の考えを押し付けてしまうのは、皆さんを否定してしまう気がする。言っても困らせるだけで、利点がない。その辺はあの人を好きになった時点で諦めてます」

だったら今の関係性が良い、と最後の方は軽い口調で話した。
なまえがそこまで考えているとは、さすがに予想外だった。自分の感情に向き合い、自分なりに考え行動していたのだ。それに気付けなかったとは。

「俺も甘いな」

思わず呟いて、小さくため息を吐いた。





「甘いですね」
「っ!?」


ばっ横を見ると、なまえがニヤニヤしながら立っていた。気付かなかったとは、我ながら迂闊だった。



「気配消すのヘタクソになったんですか?しかも私の部屋を出る気配にも気付かないなんて」
「お前、俺が聞いてることにも気付いてやがったのか・・・」

途中からですけどねー、と勝ち誇ったような憎たらしい顔で言う。気付いていたということは、俺が聞いている前提であの話をしたということだ。
そういうことも全部ひっくるめて、こいつは何事もなかったようにしれっとしている。


「まぁ、そういうことなんで」
「おまっ、ちょっと待」
「あ、そうそう、雛鶴さん」
「え?」
「もう1つ、理由があるんです」


なまえはくるりと雛鶴の方に振り向き、そして俺の方もチラリと見て言った。雛鶴は目に見えるように疑問符を浮かべまくっている。





「私が嫁にならない限り、天元様は私を追いかけてくれるじゃないですか」

「は?」

訳の分からない俺と雛鶴を横目に、なまえニコニコと笑って続けた。

「私が首を縦に振らなければ、天元様は私に嫁になれって言い続ける。私にだけです。特権じゃないですか?だから私は嫁にはならない。ずっと私を追っかけて嫁になれって言い続けてもらいたいんです」












「お前、タチが悪すぎんだろ、それ」

ようやく出た言葉がこれだった。

「そんなことは百も承知ですよ」

それでも、と言った表情は、さっきと憎たらしい顔とは別物で。



「それでも、他とは違う、たった1人の存在になりたかった」

真っ直ぐに俺を見るその瞳に、急に愛しさを覚えて、俺はなまえを引き寄せようと手を伸ばそうした。



「と、いうわけで」

急に軽い口調で制され、思わず手が止まる。
見ればすっかりいたずらっ子のような顔に戻っていた。



「これからも存分に私を追いかけてくださいね」

そう言って笑うなまえは、それはもう憎たらしくてムカつく奴だ。でもそれ以上に可愛かった。今まで以上にそう思った。
そっちがそういうつもりなら、応えなければこの宇髄天元様が廃るってもんだろーが。



「それは俺様に対する宣戦布告と捉えるぜ」
「お好きにどうぞ」
「言ったな?覚悟しとけよ」


楽しみにしてまーす、と呑気に言って去っていった。













火蓋は切られた。
絶対に後悔させてやる。
俺はこれからのことに思案を巡らせた。
















配布元「確かに恋だった」